GHQが行書体を読めなかったので、日本語から書き順が消え、子が親の手書きを読めない時代になった。


hashihime

1.首相が祖父の書いた字を読めない国、日本。

書道2

(三十年)

 

 

ひと昔まえ、或る日本の首相が同じくかつての首相であったその祖父の書いた字を外国で訊ねらえて、たった一文字も読めないという珍事がありました。でも、首相の無学ぶりを批判するよりも、そっと胸をなでおろす人の方が多いのではないでしょうか。今やほとんどの日本人が、何氣なく書いたおじいちゃんやおばあちゃんの字が読めません(祖父母でさえも、行書体や草書体を経験していない時代へと突入しつつありますが)。それほどまでに、字を崩すという編集が日本文化から失われてしまったのです。

2.そもそもGHQが「崩し」を理解できなかった。

書道5
(一身如雲水)

 

戦後に乗り込んできたGHQは、すさまじいまでに日本を研究していましたが、草書体はおろか、行書体もわかりませんでした。こうして凡てを楷書体にしようとする動きが誕生したのです。当時の日本語教育は楷書体ではなく、書き順のよくわかる行書体から教えていたため、日本文字から「流れ」が失われていくことになります。

3.平成13年、日本は正式に縦書きを失った。

書道3

(何遠之有)

母語の前提として、「横書き」文化なのか「縦書き」なのかがあります。日本語の場合、無論、横書きでも書けることは書けますが、元をたどれば「縦書き」文化でした。英語圏の方々は横書きの文書を眼で追うときに、呼吸は深くなるのに対し、日本語圏の方々は縦の眼球運動の方が、より呼吸を深くさせます。おそらく英語の影響で横書き化が促進したのでしょう。とうとう平成13年には、A4サイズの横書きを公式文書とする法律が制定致しました。現代もなお、徹底して本来の日本文化が毀されているのに、それに氣がついている国民はほとんどおりません。

 

 

4.大人の手書きが読めない高校生。

書道4

(一味真)

どの国の文字においても、活字革命というのは或る種の最悪な文化破壊でした。本来は親から受け継ぐべき身体運動の軌跡が消え、指先だけでできあがった文字が打たれるだけの作業に堕してしまったのです。文字の資本主義化。一字一字に書く側の情態がこもったプロセスがあったからこそ、そこに言霊が宿り得たのに、21世紀にはいり完全に字から「力」を感じなくなってしまいました。こうして活字しか知らぬ若者が増え、今や楷書体の手書きでさえも読めない高校生が増えています。つまり、親の想いがつまった手書きの遺書が読めない時代なのです。

 

5.ハイハイから線が生まれる。

書道1

(枯木心)

赤ん坊がハイハイをする期間というものはとても重要で、地域によっては、早く立ちあがってしまった子どもの背中にお餅を背負わせて、ハイハイを少しでも長くさせようとする風習が残っています。このハイハイ運動の延長に、「線」を描くという動作が生まれてきます。人間は線群を描きなぐっているうちに、やがてそれに円みを帯びさせて、親の顔や太陽へと姿を変えていくのです。字とは、もともと内側にあった身体感覚がたまたま外界へとにじみでてしまったひとつの表現に過ぎません。近い将来、コンピューターが手書きを子どもたちに教えるという時代がやってくるのではないでしょうか。

 

 

【参考文献】

『文字の靈力』 杉浦康平著

「生きること死ぬこと」 野口裕之著

『字統』 白川静著