あえて崩す美。平仮名の奥にひそむ深遠な世界。


hashihime

1.「愛」のあいだに「お」がはいれば「青い」、「か」がはいれば「赤い」。

紅葉

(あかいはっぱ)

突然に雷鳴が鳴り響きわたり、本氣で驚いたとき、母音(あいうえお)だけでそれを表現される方はあまりいらっしゃいません。女性でしたら「きゃっ」というような音で驚かれるのではないでしょうか。このことに注目し、音は子音から誕生し、その次に母音が続いたという説もあります。音声学から考察すれば、母音は遅くに発明されたのです。

 

 

2.×「靴を履くかえてください」

    ○「靴を履きかえてください」

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(今はなき福島とみおか駅)

日本語が堪能なクメール人でも間違いがちなものに、「場における音の変化」というものがあります。例えば、福島原発の被害を被ってしまった「とみおか」駅は、細かく視れば「とむおか」が「とみおか」に変化したと考えられるかもしれません。この場合、母音のUがIに変化し、「む」から「み」になっているのですから、子音は不動だと云えます。逆に云えば、外国人にとって変化に富む母音こそ、習得する上での最大の障害なのではないでしょうか。

3.素材を活かしながら、場によって少し崩す編集美。

七丁目のひつじ

(羊の崩し字)

辞書学の視点から考えても、母音「あいうえお」は遅咲きになります。漢字が中国から輸入され、例えば、「宇」を崩して「う」と表記する方法平仮名がとられたのです。これはその後、英語が輸入され、カタカナが生まれたときよりも、ひとつ高度な次元での編集でした。「め」という字を眺めても、それ一字だけでは意味をとることができませんが、その背景に「女」という漢字が崩された過程がありますので、平仮名にはなんとも云えない意味論的色香が漂うのかもしれません。

4.平仮名「を」。その一文字の背景に、遠さがある。

遠山無限碧層々

(遠山無限碧層々 筆:雪底老師)

上の写真は「遠山無限碧層々」という禅語で、山はおだてられようが、けなされようが不動にいつも構えているという意味になります。この七文字の漢字のなかで、ひとつだけ平仮名になった文字がありますが、おわかりになりますでしょうか。「川」という漢字は平仮名の「つ」に姿をやつしましたから、もしかすると「山」ではないかとおもわれた方も少なくないかもしれませんが、実は「遠」という字がこのなかでは平仮名に崩されています。

 

 

5.手書きの平仮名で、歴史を綴る。

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(山色、天ニ連ナル)

平仮名「て」の奥には広大無辺な「天」が坐っており、「わ」は和合の「和」をその丸みを帯びた背中に背負っています。しかし、それは漢字が崩された過程があった故に起きたものですから、当然、活字化された平仮名には、失われてしまった迫力なのかもしれません。眼前のものを凡て飲みこんだ(漢字という装置をそのまま受け入れた)上で、あえて崩す。このような重みと謙虚さを兼ね備えた字は、世界広しといえども、なかなか見つけることはできないでしょう。もしよろしければ、久々に筆をとられて、「あ」の平仮名を書いてみられてはいかがでしょうか。その背景には、永く練りあげられてきた「安」らぎがあるのですから。