近代システムの歯車から逃れたいのであれば、面接ではなく縁切寺に駆け込み、まず無縁になることである。


 

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381235_291181694261767_530668735_n   松下幸之助が面接で運がよいか否かを訊いたという話は有名ですが、そもそも面接にて運の可否を判断してしまうこと自体が運氣をさげるものだったのかもしれません。面接の背景には、文字通り面と面をあわして接すれば、互いがわかるという西欧的な甘えがあります。面が向きあえば必然的に眼があいますけれども、眼のあいは古くから日本では避けられてきました。野生では眼があった瞬間に捕食関係、つまりはどちらが餌になるのかが決定します。そのような眼の生々しさを古人は厭がったのでしょう。眼をあわせよという西欧教育は躾でも文化でもなく、ただの支配欲求を背景とした方便に過ぎないのです。

 

IMG_9489   システムという巨大な歯車から逃れられぬ近代人は或る意味、離婚権を持たなかった頃の女性に似ているかもしれません。どんなに酷い夫だとしても、江戸時代の妻は滅多なことでは自ら離婚することはできませんでした。滅多にと草したのは『縁切寺』があったからです。妻から離縁する唯一の方法は、その寺の門のなかに草履でも櫛でも投げいれた瞬間、夫はその女に手出しができないとする寺法でした。鬼ごっこみたいで可笑しいですね。閑話休題。ここ数十年ではなく、ここ数年で日本をはじめとした世界は未曾有のパラダイムシフトの波にさらされます。おおきな変化に生き残るのは常に、まえの社会とは無縁なものたちです。逆に云えば、既存のシステムに支配された縁を切る勇氣がなければ、次の時代への対応が難しいということになるのです。

 

387593_264743370238933_895783675_n   グローバルにご縁が拡がるSNS時代。このような流れのなかでの「無縁」という音には、或る種の怖れさえ感じるかもしれません。江戸時代にエンガチョされた女性たちもそうであったでしょう。しかし時を経て、縁切の舞台となったアジール(避難所)から、市場や藝能が生まれただけでなく、無縁が故に信用ができるということで宝石や財宝が預けられるに至ったのです。無論、そこには人に漏らす機会が少ないだろうということで、かえって極秘情報の類も集まってきました。このような歴史は江戸だけでなく、世界各地で似たようなスキームが見られます。もちろん無縁の直後はつらいことも少なくないでしょう。しかし、刻苦光明必盛大という禅語もあるように、どのような情態であろうが必ずお天道様は毎朝、東から昇ってきてくれます。無縁のあとには、実は異次元の縁が用意されていることも多々あるのです。

 

参考文献:『無縁・公界・楽』 網野善彦著 平凡社