二十代が海外に行くべき理由。私たちがここ日本に居続けるこそ、大変なリスクになる可能性が高い。


 

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   はじめまして。ご縁をいただきき橋姫ブログを書くことになりました佐久間亮介と申します。平成2年生まれの27歳です。今回は私自身が感じている、若者こそ海外へと飛び立っていくべきだと思うことについて書いていきます。私が初めて海外へと渡ったのは20歳の秋でした。航空券の買い方すらわからずに、パスポートの申請を池袋のサンシャインシティで済ませ、その足でHISへと行ったのを今でも鮮明に覚えてます。

 

1、ベトナムとカンボジアで受けた洗礼

18818033_1511171618955773_154327158_o   初めて降りたった海外はベトナムとカンボジアでした。ベトナムではハノイに到着後、少数民族が暮らすサパへと向かいました。っが、まさかまさかの空港から市内へと向かうタクシーでボッタクリにあい、0の桁が1つ違う金額を請求され揉めに揉めたあげく、お金で解決せざるを得ず、結局納得のいかない金額を払って、ハノイの中心地に降り立ちました。初海外でいきなり洗礼を受けたのです(笑)。その時に行ったベトナム・カンボジアでは、自分が生まれた国「日本」がどんな国なのかを外から知る初めての機会で、当時大学生だった私は帰国後に興奮していたのを覚えてます。

「日本ってすげーいい国なんだ!ここに生まれただけでチャンスがたくさんある!がんばろう!」

こう鼻息が荒げていました。生まれた瞬間から世界でも裕福な部類に所属することができ、普通に進学し、普通に生活をしていれば、発展途上国の多くの人が羨む生活が手にできる、そんな国なんだ。トイレはキレイだし、治安もいい、人もいい。本当にいい国だなーっと思っていました。

 

2、フィリピン、ニュージーランド、台湾へ

   それから7年が経ちました。大学を卒業し、一般企業に就職。2年と経たずに独立しました。当時の原体験から海外への興味関心が強かった私ですが、英語が苦手でした。そこでまずはマンツーマンで英語学習ができるフィリピンへと渡り、そのあとに向かったのは大自然のあるニュージーランド。そして、台湾でした。フィリピンでは、日本以上に厳しい受験戦争に勝ち抜くため、就職活動で大企業に入るために必死に勉強する韓国人がいました。ニュージーランドでは、すでに英語がある程度話せるのに、転職活動でさらにステップアップするために学校に通うドイツ人、フランス人、スペイン人にたくさん会いました。そして、台湾では、すでに母国語+英語が話せるのに、さらに中国語(繁体)を勉強しようと語学学校に通う世界中の人を見かけました。世界中の人たちが、流動化する世界で生きるために、母国語以外の言葉を勉強している姿に刺激を受けずにはいられませんでした。

 

3、東京のコンビニ、居酒屋は外国人アルバイトだらけ。

   私が初めて海外に行った7年前とは異なり、今は日本国内でも大きな変化が見られます。国の政策でインバウンド観光が盛りあがり、浅草や東京タワー周辺・大阪・京都は目に見えて外国人が増えました。そして、気になるのは、労働者も増えているということです。東京の渋谷や新宿などのコンビニでは数年前より東南アジア系のアルバイトが増え、最近では居酒屋チェーンのアルバイトも外国人ばかりになりました。東京を離れることが多い私は、毎度帰ってくる度に外国人が増えていることに驚きます。

 

4、これだけ人が移動する時代に対応するために。

18789389_1511171622289106_1577778978_o   私もそうですが、英語が苦手な日本人はたくさんいます。英語学習の話をすると、ある一定の人が「テクノロジーが言語問題を解消するから、勉強するのは時間の無駄だ」と言う人がいます。私はこれについて一理あるけど、それが全てではないと思います。というのも言語を学ぶということは、ただ単にコミュニケーションツールとしてのそれだけではないと思うからです。私は英語を勉強するためにフィリピンに行き、フィリピン人と接し、フィリピン人の文化を少しだけ知ることができました。ニュージーランドの学校では、ヨーロッパから来る生徒もいれば、サウジアラビアから来る学生もいました。国や地域が違えば、生活の習慣も違います。お酒を飲まない国もあれば、豚肉を食べない国もあります。日本にも様々な国の人達が来始めている今、多文化への受け入れに拒絶反応を示すようであれば、これから先の世界がどんどん小さくなっていってしまうのです。外の世界で言語であれなんであれ、自分の肌で異文化に触れ、そしてその異文化に対して自分がどのように感じ、どのように思うのか。20代という様々なことに敏感なときにこそ、外の世界に行って自らの肌で感じる必要があるのです。これが、20代が海外に出ていくべき理由のひとつです。

 

5、日本は本当にいい国なのだろうか。

   最近、疑問に思っていることがあります。それは私が学生時代に初めて海外へと飛び立った時に感じた「日本はいい国」ということが本当なのか、ということです。私は平成2年生まれです。生まれた時とほぼ同時にバブルが崩壊したため好景気というのをあまり知りません。学校教育はいわゆる「ゆとり教育」を受けてきた世代です。しかし、このどちらも私達が選んだことでは決してありません。

今の日本はどうでしょう。

たしかに、今現在でも治安はいいし、地方へ行けば人もいい。ご飯も美味しいです。でも、殺伐としている満員電車、遅くまで会社のために働く生活、右にならえの同調圧力、厳しすぎる法規制。本当に、私達20代にとって、日本はいい国なのでしょうか。私は疑問に思います。だから、外へと飛び出し始めたのです。

 

6、外の世界に大いにチャンスあり。

   7年という年月で私自身の価値観は変わり、自分が生まれた国への考え方にも変化がありました。私は海外にこそ、大きなチャンスが眠っていると考えています。前述したようにほとんどの日本人は英語が苦手です。英語が少しできるだけでもアドバンテージがあります。まだ法規制があまり整ってない国もあります。それは一見リスクにも見えますが、もう日本では手にすることができないチャンスでもあるのです。『Japanブランド』というものがありますよね。アジア系の人たちの日本製品への憧れに対して、私たちができることがたくさんあるのではないでしょうか。

 

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   二十代は挑戦の年月にすべきです。でも、ほとんどの人はなかなか挑戦しません。海外だから。英語ができないから。リスクがあるから。しかし、私たち20代がこれからの日本に期待してここに居続けることこそ、大変なリスクなのではないでしょうか。20での挑戦は結果がどうであれ、自分の人生では貴重な経験・財産になります。上の世代の方々が、家族や役職などを理由に飛びだせないけれども、私たちはまだまだ身軽に色々なところへと行くチャンスがあります。これから世界中が流動化し、望もうとも望まなくとも色々な人種の人たちと関わって生きる時代がやってきます。そうなった世界で活躍できるのは、海外へと飛びたてる人でしょう。

私はそんな風に生きていきたい。

だからまた今日も外の世界へと飛びだしていくのです。

 

Director of Personnel Department of Hashihime World Agency

Ryosuke Sakuma