2020年東京オリンピック以降の日本では童話『アリとキリギリス』において、アリが泣くようになる。


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t02200165_0720054012646722188   パラダイムシフト、大変革の時代がここ数年で起こると云われておりますが、もう少しわかりやすく換言するならば、童話のキリギリス時代がやってくるということなのかもしれません。ご存知のとおり、童話『アリとキリギリス』において、キリギリスは炎天下でパンを運ぶアリを莫迦にして、ヴァイオリンを弾いておりました。冬の到来とともに餌がなくなり、結局はアリの慈悲を請う羽目になりましたが、2020年以降の冬に泣くのは逆にアリのほうになるかもしれませんt02200165_0720054012635142967

 

   アリは地中に巨大な巣をつくり、組織的な分業のもと、食料を蓄えます。いわば女王アリを社長とする大企業のようです。多くのアリはその社会的役割からか、羽までなくし、二次元的な生き方を皆でしていきます。一方、地上にいるキリギリスは群れより個を重視し、三次元に空へと飛びます。間違えてキリギリスがアリの巣にはいってしまった日には、冬の到来まえに死に絶えてしまうでことしょう。本来は三次元の空間的な生き方をするような形態に生まれた虫が、二次元の時間的な舞台に無理やりはいるのですから。

t02200293_0540072012635138466   時代の変革期に多いのは、疑似アリがキリギリスにもどれないパタンです。本来はヴァイオリンを弾きたいのに、自分もアリのネットワークに一時的に混ざり、大多数と同じ情報の共有をとりあえずしようとしてしまいがちです。皆で考えた結果こそが正しいという民主主義にのっとろうとします。しかし、アリが積み重ねてきた地図はどこまで広大に視えても二次元の範囲を逸脱しません。新時代に求めるべきものはもはや大地にはなく、空にあります。したがって求められるものは、偶発的に空を飛んでいるチャンスをつかむジャンプ力や飛翔力が必要なのです。

t02200293_0540072012621655676   アリの時代からキリギリス時代への移ろいは、いわば時間的生き方から空間的生き方へのシフトと云えます。時間の反意語は空間ですので、直線的な時間の積み重ねをやめない限り、空間的な表現は理解できないでしょう。次元というのは、必ず一次元低いものに囲まれて存在します。二次元の四角形は一次元の直線に、三次元の直方体は二次元の四角形に囲まれることで初めて生まれ得るのです。したがって、したがって、二次元のアリの複眼には三次元のキリギリスの生き様が断片的にしか映りません。断片に映るが故に、時間的努力の積み重ねが足りないと批判しがちですが、やはり三次元は三次元で空間的感性の集注があります。童話の二次元的な本の世界から離れたキリギリス的人間こそ、21世紀のオーケストラを奏でるヴァイオリン弾きのひとりとなり得るのです。

 

参考文献:『アリさんとキリギリス』 細谷功著 さくら舎