~海外障がい者雇用~逆境でもなお心意氣ひとつで仕事をするべきときもある。


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 序.あたりまえのことなど、何ひとつない。

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 (無常。カンボジアの天氣と人生は急変する)

 プノンペン在住のマスラヴァス・マン氏がそれまで当たり前であった日常が奪われたのは突然のことでした。脳梗塞。それにより、利き腕をふくむ右半身が凡て不随となってしまったのです。このような場合、物を乞う道とまではいかないまでも、人から支援を受ける側の道を選ばざるを得ないというのが、福祉という概念が発展途上であるこの国の常識となります。しかし、マスラヴァスが選んだものは、別の選択肢でした。

 

 

破.人から支援を受けることだけが、幸せとは限らない。

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(カンボジアの茶室『臨川』にてのひとコマ)

 残された左半身とパソコンのスキル(もっともブラインドタッチができなくなりましたが)、そして日本語を武器に健常者とともに働く道を歩むことにしたのです。でも現実はそこまで甘くはありません。就職活動は困難を極め、ずっとマスラヴァスは職につけませんでした。さすがに自分のような障がい者が普通に働くのは無理なのかと痛感しはじめました。悪夢の脳梗塞から数年後、マスラヴァスのその姿勢を視ていたカンボジア人が、或る日系企業を紹介しました。日本文化教育をプノンペン郊外の短大でしている会社でした。これまでと同様の結果かもしれませんが、マスラヴァスがプノンペン郊外まで行き、面接を受けました。結果は予想だにしないものでした。即日採用にくわえ、数日後にある懇親会に参加するというオマケつきだったのです。

 

急.神を感じることはできる。ただし絶望の淵にいるときのみに。

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 (新しい仲間と乾杯をし、右半身不随になってから初めて踊った日)

 面接から数日後、スパークという大ホールで懇親会が行われ、タイ料理とビールを楽しんだあと、新しい仲間とともにダンスしている自分がいました。現在、マスラヴァスは将来的に日本との架け橋となるカンボジアの人材教育を担い、教壇に立っています。マスラヴァスは云います。

「自分と同じような境遇の人を、ほんの少しでも元氣づけられる生き方をしたいとおもいます」

マスラヴァス38歳。知らない誰かが自分の足あとを視れるSNS時代、自分の微々たる決意が異国でのまた違った勇氣へとつながるのかもしれないのです。断られつづける心の痛みを識っているからこそ、人はよき教育者になれるのではないでしょうか。