書家、野尻泰煌がつづった或る未完記事


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2004_フランス・カンヌ国際芸術祭「ヘテロフォニ」

 西洋の音楽には複合的に音のからみあいでできる多声音楽、旋律に伴奏のつく単声音楽に二分される。日本雅楽などはひとつの旋律に向けて、楽器の持つ特性に応じて奏でる。楽器の能力によっては旋律をそのように奏でられない太鼓など、さまざまな楽器の本領にしたがって旋律に向けた音楽手法をとる。

 さて旋律に向けて奏でられない点を如何奏でていくかという髙次のハーモニイ、別の道をたどることへの創造的ふれはばに興味はつきない。

 音楽に限らず人としての特性に応じて仕事をする実社会にあって、対象との乖離する点を別の異なる働きかけで対象に近づけて行く道程を思うとき、とかく受け入れはばの狭い傾向にある貧困ともいえる観念社会をまえにして、独自性にこそ人間仕事の豊かな語りにおける不可欠さを感じる。

 

「あ」

 五行からひもとくと「あ行」の音は土性に通じ、あらゆる季節にまたがる母なる大地と意味する母音。

 土性の音は喉より発する「喉(こう)音」。喉を全開して発するだけに人の心に感動要因を素直に伴う。土地に根ざした感動の音、「あ」を持続して多くの人により合掌をのぞめば一瞬に大地礼讃を象徴する。

 

「間」

 言葉にすればするほど表現は制限されるが、語り得ない箇所を饒舌に語れる術を日本文化に見る。

 品単に見た目のみで裏側の含有量を把握しずらい点を洞察できる眼力、空白を間でつなげる美の基準。呼吸から伴う独自の間合いのこなれによってできる美。品、見た目ではわからない点を如何奏でるかは、虚を育みものに対する眼の髙の深淺にあるようだ。

 

「か」

 2013_フランス_ベルシー美術館「か行」は春の木性の音。牙より発する牙音。

 木性は萬物が生かされ育まれていく種が芽吹く意、これから日が天に昇るような前向きな陽性を象徴する。木性は東方の意で東に位置する。

 常に向上発展していく音の特性があり、軽く明るい音感、活力ある蘇生の音。

 

「諧謔(かいぎゃく)」

 「あ」は大方呼吸をはいて能動的状態。「ん」は呼吸をすって受動的状態。「あ」でも「ん」でもないときは中間で呼吸が止まっている。

 間を持って音をだす。間の加減がお国柄を強調する。

 間の使い方に一種独特な日本表現がある。間を一室の調子にせず、ある種の諧謔的な方向へといざなう傾向がある。音感や造形感覚・文学にも諧謔性が垣間見られる。

 日本表現の共通認識として、割り切れないものに対する美的センスは、民族の体質に宿る特性ともいえる。

 

「簡略」

 中国から朝鮮まわりでは秦へ渡来した日本雅楽、朝鮮雅楽とほぼ変わることのない上下動による装飾音を日本雅楽では間を持って終えている。より簡素な方へと自然淘汰するところに、日本の体質より伴う美の基準がある。中国から渡来した文化を、さらに簡略化をして明確にしている。

 

 考えの浅はかなる様子を「あさあさ」という。

 古来、日本語には簡略してしゃべることもある、日本文化に見られる伝統であろう。現代の若者が言葉をつめて会話する様子に、日本人の体質にまどろむ点を感じる。

 「あさあさ」というだけの音