無駄こそ最大の贅沢。機械文明に文化が疲弊していた1920年前後の西欧を簡素化させたのは日本であった。


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橋姫ブログa   海外旅行で飛行機や列車の窓から街並みを見ると、建物の色や様式に統一感があり、見ているだけでその地域らしさや背景が伝わります。「では日本らしさとは?」と東京の街並みを思い浮かべてみたのですが、銀座、青山、表参道…海外の建築家が設計した奇抜な建築物ばかりが思い出され、歌舞伎座でさえも今は大きなビルを背負った形になっています。

   ところが近代建築が世に出始めた1920年前後、ヨーロッパ住宅の簡素化に最も強い推進力を加えたのは実は日本住宅で、大きな窓や戸棚など純粋な構成と、簡素にして自由を極めた様式は、非常に大きな影響を与えたそうです。というのも、当時ヨーロッパは機械文明に文化が疲弊し、単なる合理主義からの脱却を図ろうとしていた時代でした。

 

   日本人としてとても勇気づけられる話なのですが、私が設計事務所で働いていたバブル後半以降の住宅設計では簡素を通り越し、それこそ単なる合理主義でどれだけ機能的に空間を創れるか常に強いられている状態でした。限られたスペースのため玄関の下駄箱も床から天井までビッシリ設置し、階段の下の空いた空間もトイレや物入れに利用し、極力ムダな廊下を省くよう設計していました。設計の段階であまりにも細かくスペースを区切ったため、結果として受け身で住まう住宅になっていきました。

 

橋姫ブログb   アニメ『サザエさん』に登場する磯野家は、南側の一番陽当たりの良い場所に今の時代最もムダとされる長い廊下(縁側)があります。人が通る以外はこれといった用途のない空間ですが、だからこそ昼寝をしたり、スイカを食べたり、囲碁をしたりと、暮らしに自由な発想が生まれるのだろうと想像できます。

 

   かつてヨーロッパが憧憬の的として見ていた頃の日本住宅は、ふすまや障子などの可動建具が多く、住む人に空間の活用が委ねられていました。やはり合理主義も過ぎれば不自由なもので、選択肢がないことで主体性が奪われていきます。ムダな空間、ムダな時間、ムダな趣味…。創造性というのは一見ムダと思われる中でこそ育まれるもので、そこから情緒の発達、真の豊かさへと繋がっていくのだと感じているところです。

 

   話変わり、先日「前世も輪廻転生も実際にはないもので、それらは今を生きる人間の幻想」という大変興味深い話を聞きました。では、時々耳にする前世の物語は何なのか?ということですが「代々受け継がれてきた血液の中の記憶」にあたるそうです。…この世で生きている私にはこれが正しいかどうか判断つかないのですが、血に逆らえないことにはただ納得してしまいました。

 

橋姫ブログc   冒頭の東京の街並みについてですが、海外の建築家が設計した建築物を見ますと、四角い空間で生まれ育った我々日本人では考えつかないようなデザインが多いです。そして、この雰囲氣を真似ようと日本人建築家がどんなに努力したとしても模倣っぽさは漂うもので、案の定、日本人に受け継がれてきた性質に逆らうことはできません。

 

   都心の街並みは和洋折衷どころか和が追いやられているような雰囲氣ですが、逆にいえば和にこだわることなく洋を吸収し、使い勝手の良いように取り込んでいくしたたかさと、消化しきれず残ったその模倣っぽさの要因こそが日本らしさなのでしょう。

 

   東京オリンピックを控え急速な国際化に向かう今、迎合するのではなく、個々にすり込まれた日本らしさを自覚することで淘汰されない国際化が成されるのだと感じています。

 

参考文献 ブルーノ・タウト著「ニッポン」/講談社学術文庫