平成生まれのインターンに贈るほんのすゝめと無名のすゞみ


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1、愛読書が未来の縁を引き寄せる。

 自己啓発本なる言の葉がこの國で流行ったのは、二十世紀の終わりから。それまでの日本であったならば「野暮だね」と一笑されていたものが、戦後のいわゆる西欧化の結晶なのでしょうか。我先にと自己を強調しはじめ、個個の名が表沙汰になりました。無名から有名の時代へと移ろったと云ってよいかもしれません。静かにツトメをするのが粋であった感覚が消え、無意識な売名行為へと世間が流されたのです。そこでこのような時代にあえて君たちが生まれた頃の書物を【ほんの序破急】と称して、紹介したくおもいます。今しか歩めぬ道を共にするならば、フラジャイルな共通項がほんのりと必要なのです。

 

 

2、【ほんの序】『天切り松闇がたり』浅田次郎 (集英社文庫)

 日本のそもそもの教育観は「躾」という一字で表せます。文字通り、身だけ美しければよしとするもので、その美はいかに自然と和しているか否かが基準でした。例えば、花を視たとき、花も己もともにはかなしと移ろうものが軀というものになります。大宇宙と軀がたしかな相似律でつながっていれば、自ずと道はひらけるといった視点なのです。このような日本的身体観がわかりやすい小説の代表作として『天切り松闇語り』が挙げられるでしょう。ここにでてくる目細の一味のほとんどが、無名かつ静寂。無名の軀なるものをまず識っていただきたい。

 

 

3、【ほんの破】『知の編集術』松岡正剛 (講談社現代新書)

 軀の宇宙だけでなく知の編集も、障子にすこし穴をあけて覗いておきましょう。軀とは情報そのものであり、その情報はひとりでいられません。したがって、これからのAI時代はどの情報と接続することはもちろんのこと、マルチな情報のあいだをどう相互編集するかが肝要になってまいります。とりあえずは本書の二十八からなる編集稽古で遊んでおくべきでしょう。日本文化の総合藝術と称される茶道においては、中國由来の茶と聖徳太子時代の建築技法が交差して茶室ができ、さらにそこに陰陽学も加えられ、眼前の茶室を小宇宙そのものと視ました。こちらにも注意のカーソルを向けられたい。

 

 

4、【ほんの急】『千の顔をもつ英雄』ジョーゼフ・キャンベル (ハヤカワ文庫)

 私たちは軀に情報を添えた短編そのものであり、その源流には神話があります。顔の前面に位置する人の眼は、利き眼なるものを発達させ、概してココを右眼でアソコを左眼で視るようになりました。そこにココからアソコに冒険し、困難を乗り越えて再びココにもどってくるという英雄伝説が合流してまいります。クリストは十字架に貼りつけられたのち、彼岸から復活を果たしたし、仏陀もまた王宮から森へ行き、悟りを土産に此方へともどってきました。どちらも型通りであったからこそ、人人を支えつづけてきた分母ができたわけです。無論、困難は例外なく伴いますが、それでも一度はココを棄て果ててのち、アソコへと外遊すべきなのです。

 

5、無名から無縁への旅

 この國は外から沈没船と譬えられることが多くなりました。ゆっくりと沈む船にいつまでも乗ってはいられなくなるかもしれません。船内はいびつな有名世界が繰りひろげられ、数多の主義主張がしたり顔で飛び交っています。まずは中途半端な主張を一切やめ、言の葉を最低限にし、船内で騒ぐ者との周波数を異にすることです。軀も異にするとよいでしょう。兎にも角にも無名に徹するのです。私たちの世代はエンガチョという鬼ごっこを子どもの頃によくやりました。おそらく「縁がチョン切れる」というのが語源で、その遊びで穢れを防いでいたのだとおもいます。無縁は辛い。しかしそれでもなお、私たちは無名から無縁への階段をひとつのぼり、最終的にはひとつ次元がうえの階のココへともどってくるべきなのです。神話をグーグルマップとして、知の対角線を編みながら、静かな所作で歩んでいただきたい。無縁が故に逆に「集まる」こともあるのですから。